ジョンミューアトレイル単独全踏破紀行

12年になるカナダ生活から得たモットーは、「人生において転ぶことは避けられぬ、転んだあとにどう起きるかどうかが、生きる力なのだ!」というわけで、35歳独身、夏に突然彼氏に別れを告げられ向かった先は、大学時代から夢見続けること15年、カリフォルニア州のジョンミューアトレイル(JMT)。バックパックとわが身一つで、たった一人、山越え谷越え、370キロを超すロングトレイルを歩き抜いた日々、たくさんの人と分かち合いたいとの思いで、始めました。きっと、何か良いものをお届けできるだろうと、願いをこめて…。
本を綴るようなスタイルで書いていますので、はじめての方は、最初の記事から遡ってお読みください。

パーミット、最初にして最大の難関


夢が、高いところに、ぼんやりぴかぴか漂っている存在から、実際に向かっていくべき目標になったとき。
走り続けた目標が、実際に手の中にやってきて、日常生活になったとき。
そしてその日常生活が終わって、過去のものとなったとき。


このブログでは、これから時間をかけて、そんな経緯をゆっくりと綴らせていただきますが、前回の記事では、15年間なんとなく思い続けた夢が、突然1か月半先の目標に変わる瞬間を書きました。夢が夢であるときは、とにかく、にやにやと妄想にふけっていればいいのですが、ひとたび目標となるとそうはいきません。しかもこれがたった1か月半先となれば、冷や汗をかきつつ、死に物狂いで走っていかねばならないような目標です。さて、これからこなさなければならない、課題とは?


JMTは本来1年ほどの時間をかけて、準備をしていくものだと思います。体力気力はすでに備わっているものと仮定して、まずたいがいの人が乗り越えなければならないのが、1か月という長期間の休暇の確保でしょう。わたしの場合は、仕事先の雇い主のほうから「1か月休みをやるから、行ってこい!」と送り出されたので、しかも単独で行くと決めていたので、この問題はスルーしてしまいましたが、普通ならば、仕事先への休暇申請、そして家族と暮らしてる方は家族の了解、仲間と行く方は仲間の方々の都合にも合わせて調節しなければなりませんから、大変ですよね。
1か月の休暇、と書きましたが、JMTのスルーハイク平均時間は、18日間から25日間といったところ。つまり体力に自信があって、最短期間で歩ききってしまいたい、と思う方は、移動時間も含めて3週間未満の休暇で成し遂げることも不可能ではありません。トレイルランニング感覚で、テントも持たずに超軽装で駆け抜けていくような人は、10日間で終えてしまう、という話もききますが、自らの体験談から言わせていただくと、JMTは速足で駆け抜けてしまうには、もったいなすぎます。毎日が、そして一歩一歩全ての風景が、足を止めてみとれてしまうような、見たこともないスケールの自然、体を投げ出して午後いっぱい昼寝をしたいような美しい場所、まだまだ先は長いのに、ここでテントを張りたい!と思ってしまうような、完璧なキャンプスポットに満ちていて、時間はいくらあっても足りないようなもの。登山が好きな方は、JMT上には、1時間から一日がかりでいけるような、大小様々なピークがありますので、JMT踏破の日常からちょっと外れて、重たいザックは置いて、軽装で山頂を目指す日をつくってみるのも、楽しいものです。
実はわたしも最初の半分は、かなり飛ばしていて、毎日22キロ近く歩いていたのですが、中間地点に9日目に到着したとき「なんでこんなに急いでいるんだ?」と、ふと気づいて、スローダウンしました。今思い返してみても、最初のほうにさっと歩き過ぎてしまった、サンライズパスや、マリーレイクのあたり、一泊して時間をとってのんびりすればよかったな、本当にきれいだったな、と後悔もあります。しかし逆に、あまりのんびりすると、今度はその時間に見合う量の食料を背負って歩く、もしくは補給場所を増やさなければならないで、ゆっくりするのにもまた限度があります。
初めて長距離トレイルに挑もうとするときは、時間配分と食料計画に、準備段階でどんなに時間と知恵を費やしてみても、実際歩き始めてみると、なかなか思うようにいかないものです。1か月という時間があれば、心に余裕をもって、その日その日の気分や体の具合で調節しつつ歩くことができます。


さて、そんなわけで、休暇という最初のハードルがそもそもなかったわたしですが、次の難関が待ち受けていました。それは、パーミット(許可書)の取得、おそらく現在JMT準備において最大の難関です。


JMTはヨセミテ国立公園のみならず、セコイア、そしてキングスキャニオン国立公園にもまたがっていて、その間に自然写真家のアンセルアダムスと、言わずと知れたジョンミューアの名前が付けられている、ウィルダネス特別保護区があり、350キロほとんどすべての行程が、厳しい規則で保護され、規制されている状態です。そのおかげで、毎日ほとんど外の文明社会と交わることなく、美しい、とか、特別、という言葉では収まりきらないような、自然の原風景の中を歩くことができるわけですが、そんな状態を保っていくためには、誰もかれもが好き勝手にいつでも歩けるのではないだろう、ということは容易に想像していただけることでしょう。JMTのスルーハイクをしようという人は、必ずヨセミテ国立公園からパーミットを発行してもらわねばなりません。そして入域人数を制限するため、パーミットの発行数には限りがあります。
ちなみに南のホイットニー山から始めて、ヨセミテに向けて北上する逆ルートで行く場合はどうかというと、これには森林局から発行されるホイットニー山登頂の許可書が必要で、これはアメリカ人にとって富士山のような存在である大人気の山に、いよいよ登頂してやるぞ!という大勢の人々と一緒に、ものすごい倍率の抽選を潜り抜けなければならないので、日本からはるばる、どころか、カナダからはるばる、の場合も、あまり現実的ではありません。
ヨセミテのパーミットの予約は、出発日の半年前(正確には168日)から申し込むことができるのですが、特にピークの7,8月を狙う人々は、ちょうど168日前の、オフィスが開くその瞬間に電話をするものらしいです。
それくらいのことは、わたしも以前から知っていましたが、でもさすがに夏休みの終わった9月の出発で、満員ってことはないでしょう、と高をくくっていました。9月は気温が落ちますし、JMT歩きのハイライトの一つである高山植物も見られませんし、あえてこの時季に歩こうというバックパッカーは、わたしのような少数の奇人変人ばかりのはず。一か月の休暇と飛行機チケットをあげるから、行きなさい!と、感謝してもしきれないほどの贈り物をもらったその日の夜、チケットの予約の前に、まずはパーミットを取得して、出発の日を決めないとね、と、インターネットでヨセミテ国立公園のホームページを調べていると、今は便利ですね、パーミットの残り数の一覧を、クリック一つでチェックすることができるのですが…。おや?
0,0,0,0,0,0,0、0,0,0。
あまりにゼロばかりなので、これはコンピューターのエラーなのではないか、と思うくらい、もしくはこの世にゼロ以外の数字ってあったんだっけ、などと思うくらい、リストに載った数字は、ことごとくゼロ!
大失恋のショックでどん底に落ちていた数日から、JMTに行くことになり、成層圏に突入するくらい舞い上がっていたテンションは、ここにきてまた、穴の開いた気球のごとく、じわーっと降下中。もう一度クリックしてページを更新してみるも、やっぱり目の前に並ぶ数字は、ゼロの羅列。30分後、もう一度クリック。ゼロゼロゼロゼロ…。1時間後…。わたしも懲りない。しかし現実は現実。9月上旬のパーミットはすでに売り切れ!


実際に行ってみよう、という方のために、ここにパーミットの残り数をチェックできるページのリンクを張っておきますね。(このぺージは、JMTだけでなく、ヨセミテのバックカントリーパーミットすべての一覧です。JMTのパーミットは、下のほうの「Donohue Exit Quota and Trailhead Space Available」というタイトルの一覧表でチェックします。)
https://www.nps.gov/yose/planyourvisit/upload/fulltrailheads.pdf


ヨセミテ国立公園のデータによると、1998年のJMT歩行者数は、500人以下。これが2011年あたりから急激に増え始め、2012年の『ワイルド』発行や数年後の映画化、さらには2015年にアパラチアントレイルを舞台にしたコメデイアウトドア文学の古典的名作『Walk in the Woods』(邦題は『ロングトレイル!』)まで映画化され、ロングトレイルブームが大爆発しました。2014年から現在にかけのJMT年間歩行者数は、毎年なんと3500人。現在のJMTの人気ぶりには、驚かされるばかりです。15年間だらだらと夢みつづけているうちに、機会を逃してしまったのだろうか、という暗い思いがちらりとよぎります。
いやいやいや。機会というのは、向こうからやってくれば儲けもの、やってこなければ自分でつくればいい、逃してしまったら大声で叫んで呼び止めればいい。
決して希望が失われたわけではありません。確か、前もって予約ができるパーミットの数だけで全ての定員が埋まってしまうわけではなく、少数のパーミットが、当日に直接オフィスで申し込むバックパッカーのために、確保されていたはずです。First come First Served Permitと呼ばれるやつです。(余談ですが、この英語、直訳すると、早い者勝ち!感いっぱいで好きです。)ヨセミテのバックカントリー規定についてのページを読み込んでいくと、ほらやっぱり!当日に入手できる許可書についての記載がありました。えーと、なになに…。うっ。
2015年までは、JMTパーミット総数の60%が事前予約可能で、40%がFirst come First Served Pemitとして固定されていたのですが、あまりの予約申し込み数の多さに、2016年から、一か所の出発地点を例外に、すべてのパーミットが事前予約可能になってしまったのでした。
ヨセミテでは、JMT利用者の集中によるオーバーユースを少しでも拡散させるため、JMTの出発地点が4か所に分けて設けられていて、パーミット数がそれぞれに振り分けられているのですが、ハッピーアイル以外のパーミットを取得して、その出発地点から歩き始めると、JMTの最初の数キロを逃してしまうことになるのです。夢のJMTスルーハイクを実際にやってやる!という機会に恵まれた人間にとっては、やはり正規のハッピーアイルから始めたい、と思うのが人情ですよね。このハッピーという名前がまた耳と心になんとも良い響きですし…。
そして一日に対してのパーミット発行総数である45人分のパーミットのうち、10人分が、現在唯一のFirst come First Served Pemit、ライル渓谷出発のパーミットとして確保されているのでした。同じヨセミテ国立公園内とはいえ、観光の中心であり、ハッピーアイルがあるヨセミテ渓谷と、ライル渓谷がある北部のツオロミー高原は、全く別の場所です。ここから歩き始めるとしたら、JMTの最初の32キロほどをカットすることになります。


加藤則芳さんは、著書『ジョンミューアトレイルを行く』の中で、「ヨセミテ側からの許可書は、大人数の団体でなければ、当日でもほぼ間違いなく取得できる。一日の許可人数の制限はあるものの、制限人数を超えることはほとんどないからである。」と書いていますが、残念ながら、これは20年近く前の話。2016年現在は、「JMTの許可書は、ヨセミテ側からもホイットニー側からも、6月中旬から9月中旬にかけて、前もって所得することは、ほとんど不可能。当日にもらえるパーミットは、ライル渓谷の一か所を除いて、直前にキャンセルされたもの以外存在しない。」とういのが厳しい現実なのでした。あーあ。


しかも、フェイスブックでJMTのコミュニティに入れてもらい、真夜中まで色々と質問をして発覚した更なる事実は、ピークシーズンの7,8月には、このライル渓谷の10人分のパーミットすら、取得するのは至難の業、ということでした。何人かの方の経験談やアドバイスは、「遅くとも朝の5時からパーミットオフィスの前にできる列に並ぶこと。」「僕は夜中の3時から陣取って、もらえたよ。」などという、なかなかすさまじいもの。JMTに挑む、ということはもはや世界的人気のロックスターのコンサート会場の場所取り並み。
「女で一人なんですけど、そんな長時間並んで、トイレはどうしたらいいですかね。」「水を飲まずに一晩我慢しなさい!」
「そうですか…。」
9月で、しかも一人なら、取れる確率はかなり高い、時には10人分全部でないこともある、とのことでしたが、果たしてそれがどれだけ信じていいものなのかどうか。


ここで決断しなければならないこと、それは、、、
一か月の休暇と飛行機チケットをプレゼントしてくれる、という信じられないほどの好意と幸運に対して、果たしてほんとうに歩けるかどうか確信がない、という状態で、それでも出発する、という行為を自分に許すのかどうか。
激しく葛藤すること、3分、いや、5分。
「そりゃ行くに決まってる!」
思い込んだらなんとやら。もう情熱と根性のスイッチは入ってしまったのです。結果がどうあれ、行くしかない。行って後は、文字通り運を天に任せましょう。これだけの幸運に後押しされているのです、どうにかなるでしょう。そんな心持ち。
見方によっては無責任なのでしょうが、思い込みの力、信じる力、もしくは「引き寄せの法則」って、ほんとうにすごいです。もちろん例外もたくさんありますが、駄目に決まっている、と、くよくよとマイナスエネルギーに自分の精神と細胞を浸してしていると、やってくるはずの良いものも、しり込みしてしまうもの。逆に前向きな気持ちで、どうにかなるさ!と、心のキャッチを全開上向きにして、にこにこと進んで行くと、世の中のほうも、「おお、それならこれでどうだい、お嬢さん」と、起こるべきこと、出会うべき人をこちらに仕向けてくれるものです。これはわたし、保証します。うさんくさい、もしくは眉唾だぜ、と思う方々は、ぜひこのブログを読みつづけていただきますよう。
結局夜中の2時までコンピューターに向かい、次の日雇い主に、寝不足の目をこすりつつ、調べた結果と自分の決意を伝えると、その数時間後には、下手すればわたし以上にうれしくって興奮している雇い主夫婦が、さっそく「サンフランシスコ行きのチケット取ったよ!9月4日カルガリー発だよ!」と伝えてきたのでした。


さあ、もう迷うことはない、パーミットは、ヨセミテに到着したそのあとでどうにかなると信じて、次に集中すべき課題は、食料と装備計画!